まずは表題作、これがあきれるほど普通の話。岩のような風貌の男とその妻が所有する海の別荘にそれぞれの知人が招かれて過ごす一泊の話なのだ。でも、そこにはほのかな官能がたゆたい、糸のような緊張がある。何気ない時間が過ぎていくのだが、水面下で進行している何かがラストでいきなり噴出する演出が秀逸だ。 次の「波を待って」は海水浴にきている家族の話。主人公である亜子の視点で語られる話は、思考の縦列としてどんどん読まされてしまう。五十にしていきなり波乗りに目覚めてしまった夫と、海を怖がる息子の時雄。この三人の関係が亜子の思考の上で動きはじめる。ラストの黒い波の反復が最悪の結果を象徴しているようで怖い。 ラストの「45文字」も奇妙な男女の関係が描かれる。仕事にあぶれブラブラしている緒方が街でばったり会ったのが、かつての同級生横山。彼はいま編集の会社を自分で経営していて、緒方に仕事を手伝ってほしいと持ちかける。美術全集の絵につける45文字のキャプションを書いてほしいというのだ。仕事を引き受けた緒方は横山のマンションに泊まりこむことになるのだが、そこにいた横山の妻もかつての同級生サクラダだったのである。もっと生臭い話になるのかとおもいきや、これは結構爽やかな作品だった。45文字のキャプションに固執する緒方が、なんにでも45文字の説明をつけようとしてしまうところがおもしろい。そういうことって、普段でもよくあるではないか。というわけで、三篇軽く読んでしまったのだが、まだこの作家が好きかどうか判断つきかねている。次の作品に判断をゆだねよう。
川上弘美氏や小川洋子氏の幾つかの作品と趣が近いな、というのが第一の印象。そしてそれは、当然のことながら否定的な意味ではない。そもそも、彼女たちと同じ次元で物を書けること自体が、とんでもないことなのだから(彼女たちがこの著者と同じ次元で書けることもまた、同義ではあるが)。『裁縫師』を初めて読んだ時の衝撃以来、このひとは私の中で常に気になる存在になった。そして今作もまた、素晴らしい作品が揃っている。なかでも『野うさぎ』は凄かった。ものを書けなくなった物書きが、森の中で老婆と出逢う・・・物語は起伏に富んでいるが、その流れ方は何とも個性的だ。現実と妄想のコントラストのつけ方が絶妙といおうか・・・おそらく、言葉に対する嗅覚のようなものが、このひとは優れているのだろう。そのうえで、感覚的に物語を綴っていく。たぶん、本当はものすごく構築的に考え抜かれているのだろうが、それを感じさせない夢のような物語・・・やはり、このひとはすごかった!!!
小池昌代さんのエッセイ集である。 90年代〜2001年まで時期的に、かなりばらつきがあり、テーマも統一されていない。どれも3ページから6ページほどの短いエッセイ。コラムという姿のものもあれば、書評みたいな恰好をしているものもある。詩が紹介されるものもある。
とにかく雑多である。それがとてもいい。 小池さんの詩が、深いところから来る言葉だとすれば、彼女のエッセイは、迂闊な自分をゆるしてくれそうな言葉が並んでいる。つまりは読みやすい。
彼女の詩は、理解されることを警戒している。これらのエッセイにはそれがない(と信じたい)。だから、安心して寝るまえに読める。
彼女の詩は、寝る前に読んだらたいへんなことになる(かもしれない)。寂しくなるから。本当はこれらのエッセイにもたくさんのサミシサが転がっている。でもそれはホオズキくらいの大きさなので、いくつでも食べられる。
よくわからないレヴューになってきたが、このエッセイは、やっぱり、小池昌代の作らしく、胸をきゅっと刺激した。
詩人でもある著者初の長編。リズム感のある文章なので、あっというまに読めてしまう。
17歳の桂子(かつらこ)は、舞台女優の母親を突然の事故で失う。名脇役だった母親は愛に生きた女でもあり、桂子は自分の父親を知らないまま、母の大きな愛情に包まれ、美しい娘に育った。悲嘆の最中、舞台女優にならないかというオファーが舞い込む。その決心がつかないまま、桂子は宮古島を訪ね、圧倒的な自然の中でさまざまな人々と出会い、女としての欲望を目覚めさせ、人間としての可能性を開花させていく…… 。
小池氏の作品にはつねに死の陰がちらついているが、今回は、生と性のエネルギーに溢れた、パワフルな物語だ。登場する女性、とりわけ、世間の常識から解放された母親は、ミステリアスでとても魅力的。また、東京のイチョウや、南国のエキゾティックな樹木との桂子の交感のさまは、幻惑的で不思議なエロスをたたえている。
ただ、対する男たちがあまり魅力的には見えず、ニンフォマニアの話だととる人もいるかもしれない。桂子の無垢さと自由奔放さのバランスにも、評価が分かれそうだ。また、桂子が華々しくデビューするアングラ劇については記述が少なく、肩すかしをくらった気分が残った。
小池昌代の描く「浮舟」しかまだ読んでいない。
浮舟の苦悩が手に取るように伝わってきて、わたしは源氏に出てくるあまたの女性のなかで浮舟がいちばん好きだけれど、
これを読んでもっと好きになった。
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