2000年に開催された浜松国際ピアノコンクールにおいて審査員満場一致で優勝を果たしたアレクサンダー・ガヴリリュクは当時16歳。その後、国内のSCRAMBOWレーベルから2枚のソロアルバムをリリースしたこともあって、日本のフアンの間では比較的知名度が高く、また人気もあるだろう。当盤はアシュケナージとシドニー交響楽団による「プロコフィエフ・シリーズの1枚」で、25歳になったガヴリリュクの協奏曲初録音ということになる。アシュケナージがプロコフィエフのピアノ協奏曲全曲を録音するにあたって、ガヴリリュクを起用したのも興味深い。以前から注目していたに違いない。
ガヴリリュクのピアノは重量感があり、かつ運動性に優れている。情感は淡いが、スポーティーでありながら決して騒がしくならない美観を湛えており、技術的水準は高い。アシュケナージのインテンポを基本としたドライヴにもよく合う。
アシュケナージの指揮であるが、つい最近、キーシンとの共演で協奏曲第2番を録音したばかり。そのキーシンとの録音に比べて、当盤の演奏の方が、若々しい踏み込みのようなものが感じられる。これはオーケストラの違いももちろんあるのだけれど、それ以上にガヴリリュクの感性に相応しい音楽造りを考えたように思う。
第2番は後半2楽章のたたみかけとシンフォニックな響きが特に印象に残る。金管は全般に少し硬めだが、必要な箇所では柔らかいサウンドも繰り出す。ピアノとの呼応が的確で模範的。第1協奏曲は疾走感を適度に表出しつつ、時折繰り出されるインパクトのあるピアノの音色が鮮やか。第4番は「左手のための」協奏曲であるが、あまりにも独奏者にハイパーな技巧を要求されるため録音は少ない。しかし、プロコフィエフらしいアイデアがいろいろ聴ける作品である。オーケストラに様々な表情付けを施した作曲者の心意気がよく引き出された演奏だ。ガヴリリュクのピアノはいかにも若々しい推進力に満ちている。高度なテクニックに裏付けられた自信に満ちた音が流れる。全般にもう一味、深みのようなものが欲しいところもあるが、爽快な演奏に仕上がっていて、心地よい。
2000年の浜松国際ピアノコンクールにおいて審査員満場一致で優勝を果たしたアレクサンダー・ガブリリュクのデビュー盤。収録曲はハイドンのピアノソナタ第32番、ベートーヴェンのピアノソナタ第14番「月光」、ブラームスのパガニーニの主題による練習曲、ラフマニノフのピアノソナタ第2番 録音当時17歳ながら信じられないほどの完成度に到達している。特に素晴らしいのがラフマニノフのピアノソナタで、この曲の激しく表情を変えるほの暗い情緒を完璧と思える技巧で弾ききっている。次いでハイドンの小さなソナタが愛らしい表現で、好ましい。ベートーヴェンではさすがにもう一つ深みが欲しいが今後の活躍が期待されることは間違いない。
ピアノソロにガヴリリュクを迎えてのアシュケナージ指揮シドニー交響楽団のプロコフィエフ・シリーズ「ピアノ協奏曲編」の後編。こちらには第3番と第5番の2曲が収録された。前編を上回る素晴らしい内容だ。
とりわけ第5番が素晴らしい。プロコフィエフの書いた5曲のピアノ協奏曲はいずれも名品だと思うが、第4番と第5番の2曲はメロディーの面でやや渋めであるため、いまひとつ人気もなく、録音も少ない。しかしいずれもプロコフィエフの個性がよく映えた作品で、良い演奏で聴くと様々に感じるものがある。
第5協奏曲は5つの楽章からなり、ピアノ付きの管弦楽組曲といった雰囲気で、リズミックな処理、静謐、諧謔、グロテスク、神秘、アヴァンギャルドなど様々な要素が交錯する。主題を共有する楽章もあるという点で、やはり組曲のように聴こえる。第4楽章の静けさはこの曲のハートであるとともに、ショスタコーヴィチにも通じる深刻さを帯びている。ガヴリリュクの安定した乱れのない技術とアシュケナージのタクトによって引き締められたオーケストラが、曲の深部まで明らかにしており、常に程よいエネルギーが供給されている。終楽章のヴィーヴォは、その楽章だけで多彩な要素を含んでいるが、緻密な演奏によりその面白みが存分に伝わる快感を味わわせてくれる。
第3協奏曲はもちろんプロコフィエフの最高傑作とも言える有名な音楽であるが、こちらは冒頭の落ち着いたシックな導入が厳かささえ感じさせる。木管の音色は透明でニュアンス豊か。落ち着いた足取りで細やかなオーケストラのバックから導かれるピアノソロは模範的。その後、展開部からはぐんぐん迫力を増してくる。決め所での金管の押し出しも鮮やかだが、ソリストとの息の合った間合いが抜群。金管の階層的な響きはシンフォニックで鳴りすぎず、豊かなホールトーンで聴き応えが良好。第2楽章の物憂い主題ではこれぞピアニスティックと言いたくなるガヴリリュクのピアノが美しい。後半の、オーケストラと一体となって畳み掛けるような迫力も圧巻。第3楽章もややゆったりと導入されるが、音楽の振幅を徐々に大きくしていく加速感ある演出が効果的。ガヴリリュクのテクニックは十全で、ややシックな色合いながら、音量は豊かで、歯切れの良い音色が逞しく弾む。やはり凄いピアニストなのだ。
アシュケナージの「ガヴリリュク起用」が見事に的中した快演盤の登場となった。
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