【MRの基礎知識】
自分の担当製品と、その周辺知識に習熟することはMR(医薬営業担当者)として当然なことであるが、それで事足れりとしているようでは情けない。担当製品に関係あるなしに拘わらず、MRの基礎知識ともいうべき日本の医療の課題を認識することは、日々のMR活動に深みを増すことだろう。『医療イノベーション 日本の実力――ニーズとシーズの出会いを探る』(木村廣道監修、かんき出版)は、現時点における日本の医療のさまざまな課題と、その解決の可能性を知るのに最適な書である。
【医療産業の現状】
この本は、日本の医療関連産業の経営課題を議論することを目的とする東京大学の医学・工学・薬学系公開講座「医療経営イニシアティブ」の講義とパネル・ディスカッションをまとめたものだが、主宰者・木村廣道の指摘は刺激的である。日本の医療システムは、過去半世紀で、乳児死亡率世界最低、平均寿命世界一、医療費が先進国中最低といった世界に誇る輝かしい成果を上げてきたが、今や2つの課題――日本の社会構造の大きな変化により、従来の医療制度やシステムでは現在・将来の医療需要に対応し切れなくなってきたこと、日本の医療関連産業、すなわち医薬品、医療機器、診断、医療情報などの企業が世界の市場でもがき、低迷していること――に直面しているというのだ。
医療機関の経営破綻、地域医療の崩壊、医師不足の悪循環と勤務医の疲弊、地域・専門による医師の偏在、女性医師の離職、国民健康保険の機能不全、医療費の膨張、がん、エイズや新型インフルエンザに代表される新興感染症、アルツハイマー病などのアンメット・メディカル・ニーズ(医療上、十分な満足が得られていない課題)への対応不足――これらの問題に立ち向かうには、どうすればよいのか。成熟した高度・多様なニーズ――在宅医療、パンデミック対策、稀少疾患対策、オーダーメイド医療、Quality of Lifeなど――と、世界最高峰の先端技術シーズ――遠隔医療、ワクチン、遺伝子治療、再生医療、低侵襲治療など――の融合こそ、日本が目指すべき方向だというのである。
【医療リーダーの提言】
がん――中外製薬・有沢幹雄の「癌」、国立がんセンター中央病院・藤原康弘の「最新がん治療の光と影」の講義は、最新のがん治療の最前線がいかなるものかを教えてくれる。なお、国民皆保険制度と高額抗がん剤の問題に対する「大腸がんの患者さんすべてに年1000万円の薬剤費を投入すれば、どのような結果が待っているかはすぐに想像できます」という指摘は非常に重い。
中枢神経系(CNS)――エムズサイエンス・嶋内明彦の「CNS領域で挑戦!――創薬バイオベンチャー成功への『5つの関門』」、エーザイ・吉松賢太郎の「中枢神経系疾患」の講義によって、抗鬱薬やアルツハイマー病治療薬の開発の現状と難しさに触れることができる。
医療機器――国立循環器病センター・妙中義之の「医療機器の国際競争力」、日本メドトロニック・島田隆の「日本の医療機器業界の今日的課題と方向」の講義では、医療機器の革新的研究開発に必要なもの、デバイス・ラグ解消に向けた提言が示される。
アンメット・メディカル・ニーズ――
ノーベルファーマ・塩村仁の「アンメット・ニーズ医薬品」、国立感染症研究所・岡部信彦の「新興感染症・再興感染症――現状と世界の対策の動向」、グラクソ・スミスクライン・杉本俊二郎の「感染症」、国立精神・神経センター・高坂新一の「国立精神・神経センターにおける神経難病克服に向けた取り組み」の講義では、アンメット・メディカル・ニーズに対する果敢な取り組みが紹介されている。なお、ここでも「社会は高額医療を受け入れられるか?」という問題が問われている。
医薬品企業のグローバル化――武田薬品工業・長谷川閑史の「『日本初の世界的製薬企業』への挑戦」、アストラゼネカ・加藤益弘の「グローバルメガファーマは日本をどう見ているか」の講義は、医薬品業界の一員である私たちを勇気づけてくれる。長谷川の「一流になれるかどうかは、努力・運・才能の順」、「リーダーに求められる7つの資質と、6つのナレッジ・スキル」は学生に向けられたアドヴァイスであるが、私たちにとっても勉強になる。