私は金井美恵子さんの若いころのエッセイは読んだことがなかったので、このような選集という形で読むことができるというのは幸いでした。
他の三巻は動物、小説、映画と大まかに決まってはいるのですが、この巻はそれほどはっきりしていないと思います。扱われる話題は多岐にわたります。それから書き方もさまざまで、一般的に随筆と考えられるものから、追悼文や書評まで混じっています。
たとえば「太った道化」という項は、開高健がすばる誌上で行った<飢えた子どもの前で文学は有効か?>という問いかけに対しての返答として書かれています。こういう辛気臭い質問には思わず失笑してしまいますが、金井さんは律義に答えを返します。その中身が何ともいえない面白さ。後の「大岡さんのこと」で大岡昇平にこの文章を褒められたことが書かれています。
他に「『女ざかり』丸谷才一」では『女ざかり』に関して感じた違和感を表明されています。ディテールにこだわる作家の面目躍如といったところでしょうか。
最後に
タイトルは「ささやかな幸福」の中で金井さん自身の発言としてなされたものを採っています。もちろん、これはお愛想で言っているので、本当にそう考えられてはいませんが、家庭を持つということは誰にとっても“ささやかな幸福”ですから、それを否定するのはつらいと思われます。しかし、このような経験があったからこそ『文章教室』が書かれたのだと感じました。
金井美恵子さんのエッセイ選集の第三巻目にあたる『小説を読む、ことばを書く』は小説に話題を絞って書かれたものです。ここに取り上げられる作者と作品がこれを読んだ後にはずっと近しいものになることでしょう。金井さんは好きな作家であれば全集を家に所有しているらしいのですが、そういう性格は普通得難いものに思われます。丹念に読まれる作品とそれを書いた作者。時空を超えて遍在する喜び。小説を読むということは実際実り多いことのように思います。
谷崎潤一郎や武田百合子、それからオースティン、中上健次などは私にとって近づきがたい作品を書いた作家ですが、これを機にいつか「再読」することになるかもしれません。あるいは深沢七郎、武田泰淳を。