2000年ツアーのファイナルである。
このころは顔もすっきり、相当痩せていた。
シンプルな舞台で、冒頭から美川憲一か
宝塚を思わせる巨大羽を背負ってご来臨。
ここではっきりと「キワモノ」であることを宣言している。
「フィアンセ」では巨大羽のせいで動けず、顔の位置を固定したままひたすら口だけ激しく動かして歌う。羽から解放され「三日月姫」に移ってからの、腰の振りの激しさには驚く。
「カタルシス」では、「どっかで聞いた曲だなー」とウカツにもジュリーを忘れていた。ここでの「カタルシス」のパフォーマンスは明らかに「日本人離れ」を意識した及川の「勝負」と見た。その危なさは、マドンナが
イタリア公演で物議をかもしたあの一件とか「牧神の午後」を思い出す。
いやー、この時のミッチーは、股間の詰め物(おそらく)といい突き抜けている。帽子を上手く使ったダンスは、「スムーズクリミナル」のマイケル・ジャクソンを思わせる。階段のところなど、よほど練習したのだろう。うまく決まってよかったね。
「ミス・アバンチュール」の冒頭の踊りながらの「お着替え」シーンもばっちり決まっていて(でもあれって相当難しいと思う)、喉の調子が悪いらしいミッチーは、ここらへんから西城秀樹というよりはGLAYのテルとそっくりのハスキーボイスになっていく。
そして「求めすぎてる?僕」では、神がかったスーパーダンスを披露。片足でじだんだを踏むような振りが好きですね。この日は喉の調子が本当に悪かったらしく、キメともいえる「バラ色の人生」ではほとんど声も出ていないのが残念。
「桃色クラブ」のMCではヤバいセリフでファンを煽っているので度肝を抜かれる。「そういう目的で来ているんだろ。」といわんばかりの、「需要と供給」という言葉が浮かぶ。
このころの及川は、最も自分の好きにやれていたのではないかなあ。だから、「誰にも」のライブは「本来の及川色」を理解するには、最適と思う。