映画を見ていく内に、近年観た
ドイツの映画「es」と似たテーマ性が見えてきた。
あの映画では、主に加害者の増長のみを中心に描いているのに対し、ラースのドッグヴィルでは、
被害者側も善にしない点が異なる点だと思う。
――ヒロインの行動に釈然としない人や、最後でスカッとした自分に嫌悪感を抱いた人は多いだろう。
賛否両論ある作品であることは否めない、特に観客の神経を逆撫でするようなストーリー展開は、
「善意の傍観者」に中指を立てて居るようにさえ見える。
不快感を感じるのが通常の人間であろう。しかし、この映画に対し、
「不快な映画」で済ませてしまう人は結局のところ、現実に「いじめ」のような問題に
直面したところで、傍観者、あるいは直接的、間接的な加害者にしかなり得ないんじゃないだろうか。
この映画はそういう意味で、観る者にある一つの皮肉を突きつけていると思う。
つまりそれは、「この映画に無関心なあなたは、ドッグヴィルの村人と変わらない」ということである。
僕もこの映画を不快感無しには観ることは出来ない、但し、それは監督の意図した不快感である。
良薬口に苦し、というように、この嫌悪感に対し真剣に向き合わねば、
この映画の本当の魅力を見つけることは出来ないだろうと思う。
ワグナーを使った「エピデミック」。チャプターごとに70年代ロックが効果的に流れる「奇跡の海」。ミュージカル作品「ダンサーインザダーク」などラース作品に象徴となる音楽は欠かせない。先日拝見した「ディアウェンデイ」でもゾンビースが使われてました。そしてアメリカ三部作のこのサントラ。「ドッグヴィル」ではヴィヴァルディ「2つのヴァイオリンと2つの
チェロのための協奏曲ト長調」。「マンダレイ」では同じくヴィヴァルディ「ファゴット協奏曲イ短調」がテーマに使われてます。他にもヘンデル、アルビノー二、ペルゴレージなどバロック音楽が使われております。勿論、Dボウイの「ヤングアメリカ」も収録。早く三部作完結「ワシントン」が見たい!!