乱歩についての作家論的な,それこそトリビアルなまでの取材がまずこの本を面白くしています.乱歩のいるホテルがまさにそこに足を踏み入れたように,そこの空気に包み込まれるように描かれています.それ以上に面白いのは,40歳の乱歩という中年男のいやらしさ,ねちっこさ,そして夢見がちな少年らしさという生理が,まるで目の前の禿頭をなで回すようにありありと実在感をもって描かれていることです.作中作「梔子姫くちなしひめ」はこの生理が生み出した宝石です.TVのお仕事についての高名が歴史に埋もれても,この本は語られ続けるでしょう.
正月には久世さん演出の向田ドラマを観るものだ、と決まっていた。
いつだったか、とうとう終わりとなり、しばらくして
久世さんもいなくなってしまった。
その後も向田ドラマは時折やっているが久世さんでない、
と思うとどうも観る気がしない。
久世さんがじっと観察したおもに俳優たちについての小文が並ぶ。
「私を泣かせた柄本明」「静かに変わった小泉今日子」
「帽子の岸恵子」…ちなみに、樹木希林だけはそのまま
「樹木希林」。
生瀬勝久の章はないのだが、印象的な一文が記されている。
これだけで、生瀬勝久はどれほどうれしかっただろうと
身勝手に想像する。
その他、久世さんが少年の時に出会った本、銀幕に見た西洋の俳優と女優。
そして風景。父の死。
あとがきにかえて、の夫人の最後の文章が濃い余韻を残す。
夫人もたいそうな文筆家なのだと初めて知った。
『時間ですよ』『寺内貫太郎一家』『ムー』……大好きなテレビドラマだった。その演出家であり小説家であり、5年前に70歳で急逝した「テコ」ちゃんこと久世光彦氏。彼と生活をともにした朋子夫人が、久世氏との出会いから別れまでを記したエッセイ集。
文章の素晴らしさに目を見張る。向田邦子の才筆を受け継いだような健筆ぶりは、平凡社のPR誌『月刊百科』に連載中から高く評価されていた。その名文で、これまで語られることのなかった久世氏の子供時代の話、毎日の献立など、ごく日常的なことが、静かに愛おしく、めぐる季節とともに綴られている。
朋子夫人が東京・銀座で経営するバー<茉莉花>(ジャスミン)の名の由来も出てくる「誕生会」や「春の別れ」。スキャンダルに巻き込まれ、愛犬と過ごした辛い一日を回想した「ナータへ」。老いへの憂いを<終戦の日>に絡めて見事に表わした「歳の差は」。父親を見舞うための帰省をきっかけに久世との旅を懐かしむ「おむすび」など22編。
朋子夫人が紡ぐ久世氏との記憶は、どれも切なく優しく、読んでいて胸が熱くなる。22歳の年齢差、妻子ある人との密やかな恋、未婚のままの出産、そして妻へ……30年以上にわたり、ひとつ屋根の下に暮らした二人の時間を書くことで、出会いと別れを、ゆっくりとやり直しているようだ。
久世氏が自作の昭和ドラマと同じく、自分の家庭でも大切にしていた昭和の暮らし。それを実現してきた朋子夫人の想いと献身が、悲しくも温かい。かわいい「テコちゃん」のまんまの久世光彦が、ここにいる。
3月2日に急逝された久世光彦さんが演出された、終戦記念ドラマシリーズです。
久世さんが手がけられたこのドラマシリーズでは、戦争はあくまで背景として描かれていて、ここでも主役は「家族の日常」です。
戦時下でも変わらない心のふれあいと微妙なずれが、久世さん独特の美意識によって色彩豊かに描かれています。
このシリーズで一番印象に残っているのは、「蛍の宿」のラストシーンです。
戦争が終わった日の午後、まばゆいばかりに輝く海に向かって末娘役の田畑智子さんが砂浜を駆けて行くシーンは鮮烈でした。
「いつか見た青い空」のラストのナレーションも感動的でした。
・・・・・あの日の空は青かったと誰もが言います。何かが終わったのか、それともこれからはじまるのか、私にはよくわかりませんでした。私たちは四人で青い空を見ていました。いつまでも、いつまでも・・・・・。
ナレーターの黒柳徹子さんは読みながら声をつまらせ、涙を流されたそうです。
戦争を体験された世代としては、久世さんの世代が最後になるのでしょう。
戦時下の人々の暮らしを身近な日常として描くことは、後の世代の作家には出来ないことです。
そういう意味でも、この作品が素敵な装丁のDVDとして残されることを嬉しく思います。
あらためて、久世光彦さんのご冥福をお祈りします。
そして、ありがとうございました。
久世光彦さんの訃報を伝えるニュースの中で、「向田ドラマシリーズ」のDVDが発売されていることを知りました。
久世さんの「向田ドラマ」には戦前の日本にあって、戦後の日本が喪ってしまったものが描かれていると思います。
それは、心の気高さ・細やかさ。そして、自分が今いる場所を大切にする気持ち・・・。
戦争の足音が近づいてくる中で、一日一日を大切に生きていたあの時代の空気に対する久世さんの愛惜の想いが伝わってくるようです。
まずBOXセットを一つということで、このセットを選びました。
まだあどけなさの残る田畑智子さん、「終わりのない童話」の小泉今日子さん、「あ・うん」の池脇千鶴さん、最終作「風立ちぬ」の宮沢りえさんなど、キャストが多彩です。そして大好きな舞台俳優の串田和美さんが2つの作品に出演されていることも私にとっては大きな魅力です。
久世さんの作品には人肌のあたたかさを感じます。
たくさんの作品を残していただき、ありがとうございました。
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