その昔「がきデカ」という漫画で人気を博していた山上龍彦が小説家に転身して書いた短編集。
漫画的な話がちゃんと小説として描かれていることに、まず驚いた。 片手間でなく真摯に小説に向かってるんだなぁという印象。 ほどよく面白く、ほどよく上手い。漫画で感じたような下品さもあまりない。 その分、勢いが弱い気もして強烈な印象は残らなかった。
可もなく不可もなく、無難といった感じの小説です。
いわゆるショートショートが30編、どれも10ページ前後で気軽に読める。
短いだけに、ストーリーにメリハリをつけるのがかえって難しそう。
「これは」と印象に残ったものをいくつか。
落合恵子『探偵ごっこ』。公園に行くおじいちゃんを探偵ごっこで、こっそり尾行する孫。ほのぼのとした結末。
高橋三千綱『相合傘』。ある雨の日の出来事、その後の中年男の寂寥感。
小沢章友『死の天使』。研修中の看護師が壁に貼っていく手作りカレンダー。本格ミステリに匹敵するショートショート。
お気に入りの作家さんの作品が一番つまらなかった。いろんな方の作品が短期間で読めるのは、お試し感があっていいと思いました。次回作品のセレクト参考になります。
私がこの作品に最初に出合ったのは、朝日ソノラマから発行された上下二巻本でした。
私の驚きは、あの有名なギャグマンガ『がきデカ』の作者がこんなにシリアスな作品を書いていたという事実と同時に、当時学生運動が挫折して社会が右傾化をはじめた中で、やがては戦中戦後よりも過酷な全体主義に移行する危険性をリアルに予感させる作品だったことです。
朝日ソノラマ版は友人のあいだを貸し回している間に紛失し、いずれ古書店で見つけたら買っておこうと思っているうちに、その古書は高騰してずっと買いそびれていました。
それが、連載当時の完全版として発行され、飛びつくように購入して改めて読むと、内容の一つ一つがシチュエーションは異なるものの、あまりにも現代の状勢に接近していることに愕然としました。
『光る風』に書かれた差別、格差、軍隊のあり方など、ことごとく今の日本は当てはまりつつあります。
山上たつひこは、『光る風』のなかで日本が全体主義に移行する現象の一つとして、防衛庁が「国防省」に昇格することを指摘しています。名称は「防衛省」と異なりますが、かつての防衛庁は「省」に昇格し、そのトップは「長官」から「大臣」になりました。
さらにここ数年、大地震などの災害が予測されていますが、『光る風』の中の為政者は、大災害までも全体主義確立のために利用していきます。
何十年も前に初めて読んだとき、エンディングに敗北主義を感じて気になっていたのですが、2008年の現在改めて読むと、このエンディングに続く日本の将来をどう描くのかは、読者である我々の選択にかかっていると、問題を投げかけているように感じられました。
差別や格差はなぜ作られるのか、なぜ、防衛庁は防衛省になったのか、これらはすべて「自分には無関係」なことではなく、実は誰にとっても大変身近なことです。
『蟹工船』を読む若者たちなら必ずそれを理解できるはず。ひとりでも多くの人に読んでほしい作品です。
出版社に一言言わせてもらえれば、定価が高すぎる。せめて2000円以内にならなかったものでしょうか。
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