『ねこぢる草』。『ねこぢるy』。そしてこの『ねこぢる劇場』。そのどれもが深淵なるねこぢるの井戸に桶を吊るし入れた作品です。汲めたナニカをぎゅっと濃縮したのが『ねこぢる草』。できうる限り過剰な演出など避けて丸かじりしてみたのが『ねこぢる劇場』。この世で最もその井戸のそばにいたのに、否、いたればこそ持ち得た生前の姿・声・呼吸・思考・嗜好・生き様・残された直筆のメモや夢日記を材に作品の深化を試みた『ねこぢるy』。…ねこぢるyの解釈にはわだかまった違和感がつきまとったためか私は好きにはなれなんだ。しかしてアプローチの仕方はそれぞれながらもどの作品にも共通して、 あのどこ見とるかわからん目をした猫への畏怖、興味、共感が充満しているような気がする。カール・セーガンよろしく無闇にパラノイックに構えて分析するのも勝手だし、単なる数多ある娯楽の一つの形としてあろうとしただけだろうと遠巻きにその存在をとどめておくのもいい。実際、知り合いなんかはねこぢると和田ラジヲを同じ棚に並べていたし、解釈はいくつあってもいいと思います。たった一つの解釈以外は認めない!なんてケチクサイ作者でもないでしょうから。一度心にこびりついたら、ちょっとやそっとじゃ忘れられない。憶えやすいのは見た目だけにそれはあらず、誰しも心では渇望していながら、そう易易と表立っては言えない出来ない荒事をあの猫はやってのけてしまいます。このDVDの特典映像にガロ表紙集が収録されてて思い出したのが「物や人の本質を瞬時に見抜けてしまう人。またそれを素直に口にしてしまう人」とする、根本敬さんのねこぢる評。なんかステキダワー。
ねこぢるの作品をいくつか読みましたが、一般に幼さ拙さが漂う・・・そこが持ち味とも言えますが。 なかではこれが一番よかったし、皆さんにも読んでいただきたいです。ねこぢるはこの作品を描くために漫画家になった?。 育ての老人の死により野良化した、いたいけな二匹の子猫たちが切なく愛らしい。 今際の老人が最後まで二匹の行く末を気にかけているそばで、無邪気に遊び呆ける姿が何とも哀れでした。 所詮生きのびることはできないであろう野良の子猫兄弟。ギャグでありながら悲劇性を内包する物語です。 ねこじる自身の悲劇性をも暗示させるような・・・とまでは考えすぎでしょうか。
曲がどうとか構成がどうとかではなく、「ねこぢる草」を見てエンディングなどでほろりと来たり、感じたものがあったりして「サントラ欲しい!」と思った方は買うべき一枚です。まずは、サントラを買う前に本編を見ることをお勧めします!
ねこぢるファンなので表紙に惹かれて購入しましたが聞いてビックリです。
今まで聴いたことがない音色! 楽器は太鼓、ピアニカ、ギターに歌のみ…という学生でも十二分に揃えられるものだけ! まさに表紙絵の通りです!
スローテンポなメロディーは日常からの逃避ができそうです。 聴いている内にだんだん細かなことなんかどうでも良くなっていきます。 ヒーリングミュージックなのでしょうか?
楽団タクマニアの凄いところは”才能さえあれば資本はいならい!”ということでしょう。
後からPVを観ましたが本アルバムは歌だけで聴くより映像つきの方が圧倒的に楽しいです。 特に"ぬいぐるみ”などはアニメの可愛さがあるので映像がないと面白味が半減します。
是非、DVDでの発売も熱望します。
「ユ■ヤのブタめ」などの名言が、ごっそり規制されてます。もみあげまで短く描きなおすという念の入れ方。子供の名前もアメリカ風に変えられ、エホバ云々のくだりも規制されてます。
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