ゲーテのファウストはせりふの多い劇である。 無声映画でこれが十二分に表現できるとは思わなかった。 英語の字幕が時々はいるが、これが読みとれなくとも十分理解できる。 とにかくお買い得である。
どんなに映像と音が良くなっても、字幕に何の修正も無いので、内容を誤解してしまう可能性は変わりません。ですから、この作品を初めて観る方は、まず「字幕改善連絡室」のサイトで正しい翻訳を確認して欲しいと思います。
その上で、補足を1点。
クライマックスの洞窟でのシーン。ファントムに花嫁のベールをかけられた後のクリスティーヌの台詞“Your haunted face holds no horror for me now. It's in your soul that the true distortion lies.”は、字幕や改善委員会訳では、まるで「あなたは魂から歪んでしまっているのね!」と言っているような感じですが、クリスティーヌの表情はそんな身も蓋もないことを言ってはいません。自分の顔が全ての原因だと嘆くファントムに、「あなたの顔、私にはもう怖くないわ。本当の醜さは心が産むものなのよ。(だからこんなことやめて、優しいあなたに戻って)」と説得しているのです。“in your soul”の“your”はこの場合、ファントム個人を指すだけではなく、一般論を述べる時の不特定代名詞の役割もしていると考えられます。少なくとも、この映画のクリスティーヌはそういう言い方をしています。だからこそ、次のカットでファントムは悔悟の表情を見せるのです(そこにラウルが来てしまうので、狂気に逆戻りしてしまいますが)。
さらにもう1つ付け加えると、この映画において、指輪は愛の象徴として使われているようです。クリスティーヌがファントムに渡す指輪は「これは返すわ。ごめんなさい」ではなく「離れても、心はそばにいるわ。だから、生きて」。最後にファントムがクリスティーヌに贈る指輪は、「今も君を愛している」。
初めてこのミュージカルを見た時の衝撃と感動、今でも忘れません。それから何度舞台を観に行ったことでしょう。それだけに映画化されると聞いたときは嬉しい半面不安もたくさんありました。あの世界が本当に映画で表現できるのかと・・・。 でも観て安心しました。舞台と同じでありながらちゃんと映画としても完成されていたから。 孤児となったクリスティーヌを決して表には出ず深く静かに愛してきた怪人。しかしラウルという、怪人とは全く正反対の存在の青年の登場によって怪人の心は動きます。 どんなに束縛しても無駄なことだと分かっているのに、あんな風にしか愛を表現できない怪人が最後の最後に彼女に言う心からの「愛している」の台詞。 そして、あの日、もう二度と人前には現れないと仮面を置いて立ち去った怪人が、墓石の花によって今も彼女を想っていると知る場面。 何度見ても泣けます。人を愛したことのある人ならば・・・
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