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 1961年(昭和36)亡くなった小林多喜二の母。この小説が書かれたのは1992年(平成4)、
 著者の三浦綾子が亡くなったのが1999年(平成11)。
 
 明治・大正・昭和を生き抜いた、小林セキさんの生涯を通して、
 当時の日本の国の状況や、その時代に生きた人々の思いを
 想像することが出来ました。
 事実をもとに書かれている小説なので、真実味があり、
 今まで知らなかった小林多喜二についても知ることが出来、
 良かったです。
 「いい世の中が来るように、おれは小説を書くんだ」
 「人間はしていいことと、悪いことがあるとみんなが分かった時
 本当の意味でこの世は変わる」
 
 「大切な娘ば身請けして、どうしてくれる!」
 と怒鳴りこみたいほどの貧乏があること。
 一日に十銭でも給料を上げてもらえたら、と思って労働者がストライキをする。
 不作で小作料が払えない。
 戦前の日本ではお上に逆らうことは出来ない。
 戦争前の日本では理屈は通用しない。
 警察は守ってくれない。
 貧乏で売られた女は小樽だけでも何百人もいる。
 学校に行けない子供も大勢いる。
 など、歴史で習ったことが現実味を帯びて思い知らされました。
 
 小説の持つ力、影響力はやはりこんなに大きいものだということ。
 それ故に、小林多喜二が書いたものの影響を政府が恐れ、弾圧したのだ
 ということが分かりました。
 
 そしてこの小説を読んで、小林多喜二の暮らしや生い立ちが分かり、
 キリストのような立派な人だったことを知ることが出来てよかったです。
 それもこれも三浦綾子の夫、光世さんがこの小説を書くように、
 提案したからだそうです。
 
 書いた人は次々に亡くなっていっても、書いたものは何十年も残り、
 今後も多くの人に読まれていくと思うと、本当に嬉しいです。
 最近出版された「母の語る小林多喜二」もぜひ読んでみたいです。
 
 
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