童話、小説(現代モノ数篇、時代モノ一篇)、日記、エセー(評論というか思想書)が収録されており、巻末の年表を見ると稲垣足穂を「体感する」にはバランス良く編まれいることが知れた。冒頭の掌編集を読んでいると、星新一を彷彿とさせるような、さりとて
ハリウッド製カートゥーンを見ているようなとんとん拍子なリズム感、句読点を一切排除した文体(改行を多用している訳ではない)、月と
彗星に対するフェティシズムに、時代を超越した(大正や昭和初期に執筆されたとはとても思えない)奇才を思わせたが、読み進むにつれ、私小説的要素のある作品が登場する中盤あたりから、終盤の形而上的芸術論の大爆発に至っては、小生のキャパシティーを凌駕し、鬼才の文章を目で追うのが精一杯で、佐々木マキの解説に登場する若者のように「我慢して読んだけれど、意味がわからなかった」に近い我慢読み必至であった。童話や小説では迸る思いを表現するには限界があって、単刀直入にエセーで嬉々として能弁となる印象を持った。月並みだけれど、「わからないけれど、その凄みは十二分に伝わる!」みたいな。稲垣足穂が語ると20世紀が「ブレード・ランナー」みたいな近未来に思えた。小生が生を受ける前の20世紀の幾年の間は所帯染みたところはなく、非ノスタルジックな、SF世界だったのだ。ひたすらその日に見た星座を書き連ねていく日記も後から振り返ると度肝を抜かれた。つげ義春の「夢日記」以来だな、こんなにぶっ飛んだのは。
『COBALT TARPHONIC 音楽文庫 第1〜3集』は、あがた森魚が2012年に発表したアルバムだ。2000〜2001年にファンクラブ「永遠製菓」から発売した自主制作盤『COBALT TARPHONIC 音楽文庫』全3集を1枚のCDにまとめたものである。
稲垣足穂の日記や随筆を曲にしたものを中心にしたアルバムだが、内容も録音もオリジナル・アルバムと比べてなんら遜色なく、こうしたすばらしい作品が一般流通に乗ることで広く聴かれることは喜ばしい。
『第1集』にあたるのが冒頭の3曲。「Walrus Walrus」はライオン・メリーによる前奏曲。「雪ヶ谷日記」は稲垣足穂が終戦前後の1945年8月に書いた日記を曲にしたもので、ほとんど語りだがサビだけメロディーがある。のちに『タルホロジー』で再レコーディングされるが、そちらはでは若干のカットがあり、こちらのバージョンの方が長い。そしてベルウッドからのデビュー・アルバム『乙女の儚夢』に収録されている「冬のサナトリウム」のセルフカバー。シンセのループをバックにしたエレピ弾き語り。
『第2集』にあたるのが続く2曲。「億光年の岩で転げてる」はのちに『佐藤敬子先生はザンコクな人ですけど』で再レコーディングされた。メドレーで続く「美しき穉き婦人に始まる」がすばらしい。駄菓子屋の店先で見かけた14,5歳の少女を見初めた話と、天球儀を模したゴム毬を手に星図を覚えるようになったという話なのだが、栗
コーダーカルテットの演奏をバックにあがた森魚が語るとなんとも感動的なのだ!
『第3集』にあたるのが残りの3曲。「星繁き牢獄の提督たちよ〜大統領チックタック氏公開状」はここでしか聴くことのできないちょっとコミカルでかわいい曲。でもやっぱりタルホ。そして21世紀のあがた森魚を代表する名曲「佐藤敬子先生はザンコクな人ですけど」。のちに同名アルバムの
タイトル曲として再レコーディングされている。比べると若干歌いまわしが異なるが、青木慶則によるアレンジはほぼ完成されている。「明石から」も稲垣足穂の随筆を曲にしたものだが、若干コミカルな調子である。
あがた森魚の他のどのアルバムよりもロマンティックで、どのアルバムよりも稲垣足穂的である。冬の夜に手製の投影機で天井に星空を映しながら聴きたい、そんな一枚。あがた森魚ファンなら必聴でしょう。
本作発売当時はアイドル全盛の時代。歌謡ロックというべきミュージシャンが沢山デビューした時期でもあった。
ヴァージンVSは時代に媚びることなく、しかしそれでいて非常にポップなロックを作り出した。コズミック・サイクラーは、
うる星やつらのエンディングテーマの別テイクで、とても軽快な隠れた名曲である。
稲垣足穂を知ったきっかけは、もう一人私の敬愛する作家、澁澤龍彦が「夢の宇宙誌」の献辞に「わが魔道の先達、稲垣足穂氏に捧ぐ」と記されていたのが初めだったと思います。
それから図書館で検索して「一千一秒物語」を見つけ、澁澤氏の壮大な著作を捧げるのにふさわしい作家だと、納得しました。
月や星の世界に似合うのは、無骨な現代のロケットより、ダビンチが手稿で描いたような美しいデッサンの完璧なオブジェとしての飛行機でしょう。そんな飛行機は墜落して自己完結するほかないとしても。
そんな、純粋なオブジェとしての美の世界に属するものがこの作品にはたくさんこめられています。
コンパス、坂道の帽子屋、カレイドスコープ・・・口にするだけで胸がドキドキするようなイマジネーションを誘う存在に気づかせてくれました。