私はインテリジェンスという分野については、その存在も含めてまともに考えたこともなかった。事前の知識もなく対談の詳細の内容を十二分に味わえたわけではないが、そんな私と同じタイプの人でも本書で学べる趣旨は、1.まずこういう分野があるという事実、2.そしてそれがすごく国益にとって重要であること、3.英米などに比べ日本がインテリジェンスの分野で立ち遅れていること、4.しかしきちんと人材を育てさえすれば、遠からずこの分野でも一流の国になる底力があること、などである。
国民のほとんどは直接
タッチする分野ではないが、国民がその必要性の認識を高めることは、国の根幹にいる人のインテリジェンスへの意識を高める後押しになるという点で意義深いし、本書はそれに一定の貢献をしていると思う。またこれだけインテリジェンスをクールなものに描くと(いや実際、尊敬措くあたわざる、クールの最上級の分野だと思うが)、若い読者の中からインテリジェンス志願者が出てもおかしくない。この二人のことだ、こうしたことすべて狙わずにやるわけないんだろうネ。
日本の周辺で領土問題が噴出し、中国は経済的・軍事的膨張を続け、中東には核の影がちらつき、アジア太平洋地域ではアメリカが新たな支配体制を築きつつある。そんな「動乱」の時代に各国がインテリジェンスの面で繰り広げている生存競争の実態が紹介されている。
これまであまり書かれていない故に興味深かったのは中国だ。日本に放たれた中国人のインテリジェンス・オフィサーは、日本産米の輸出市場を中国に開拓することを条件に、日本のTPP=日米豪枢軸参加の切り崩し工作を行っているようだ(94ページ)。
英米のような先進国も工作と無縁ではない。中国要人の子弟をオックスブリッジやハーバードに入学させ、共産党内部に通じるネットワークを構築するというのは、英米にしか真似のできないスタイルだろう(82ページ)。
アメリカについては、対日インテリジェンスも見逃せない。戦後日本を何としても西側に留めたかったアメリカは、北方領土問題を解決させないことで日本とソ連の間に楔を打ち込んだ(60ページ)。また、3.11に際してアメリカがいち早く
空母ロナルド・レーガンを派遣したことの目的は、原発のダメージを正確に把握して在日米人を保護することにあった(184ページ)。
アメリカでさえ(同盟国日本ではなく)己の生存・繁栄の確保が第一の行動原理なのだ。「インテリジェンスの戦いに同盟なし」(92ページ)「情報に同盟なし」(178ページ)といった言葉を日本人ひとりひとりが心に刻み込んでおくことが、日本が「動乱」の時代を生き抜くために必要だと思う。
初版DVDを持っていて、今回の再販でリマスターまでは望まないまでも少しの画質向上を期待しましたが、画質に全く変化無く、特典映像追加も無く、怒りを通り越して呆れてしまいました。同じ物を持っていても仕方ないと思い初版を即売却しようと思いましたが、初版と外見にいくつか違いを見つけました。
・DVDメディアのデザイン
・ブックレット
・背表紙の
タイトル表記
・ポニーキャニオンのマーク有無(初版のみ有)
・定価
結局売却せずコレクトアイテムとして両方手元に置いてあります。
画質向上のみ期待の方は購入お奨めしません。
興味深く読んでいます。オリンピックの話やアメリカ、
ロシアのインテリジェンスについては、今までとは違った視点で記述されており、面白く感じました。一方で、中韓に関する対話部分については、もっと両国の国民性、歴史を十分に理解したうえで、判断してコメントすることが必要ではないかと感じました。特に佐藤氏の韓国への対応、手嶋氏の中国の歴史への思いに関して、そのように認識した次第です。欧米ロにおける最近の出来事のコメントに対しては、ある程度感心できるといえます。
これは恐らく知る人ぞ知る音楽家でしかも映像作家でもある高木正勝によるLIVEの模様を、本人のインタビューやリハーサル風景などを織り込んで製作された映画「或る音楽」の収録されたDVDである(本人は映像を作っている人間だと言っている。映像に足りない要素を音で足すらしい)。まあ映画とは言うものの、内容としては先に述べたようにLIVEのドキュメンタリー映像。
以前までの高木さんの作品と比べるとだいぶテイストの違う、神話という世界を表現した今回の作品全体に沸き立つどこか物寂しいけれど懐かしいとも感じるこの雰囲気。彼も「そろそろ日本の音楽を作ってみたかった」とどこかで発言していたような覚えがあるが、わたしは彼のこちらのタイプの音楽の方に惹かれた。わたしはラジオから『Tai Rei Tei Rio(曲名)』が流れて来た時に自然とそちらに耳を奪われたのを覚えている(ただ、この曲を聴いた時にまず頭に浮かんだのはヨーロッパの情景と民謡なのだが(笑))。直ぐさま曲名を検索し、この人物の存在に辿り着いた。いや本当に出会えてよかったとつくづく思う。 CDを聴いてこの人の音楽はよいと感じた、感じている人ならば、この作品を見ることによってその音楽に映像を足してみるのはいかがだろうか。
より具体的な感想としては、今回のコンセプトに基づいて作られた訳ではないが高木さんがライヴの際などには必ず演奏する代表曲『Girls』のピアノソロパフォーマンスを映像で見られたのがよかった(本編の編集されたバージョンとスペシャルコンテンツのフルバージョンの二つ)。美しい小川の水の流れや森の木漏れ日、また風を連想させる、「音」だけでも非常に心地よい曲だが、やはりその音にも演奏シーンという形での「映像」を足して聴きたい。特にピアノ曲は演奏シーンと合わせてこそ感動が大きくなるような気がするからだ。
ちなみに私は「Private/Public」というアルバムに付いている楽譜を参照しながら趣味でこの曲を練習中なのだが、これを見た後は以前にも増して練習する意欲が湧いた。早くあの演奏を自ら体現したいものである。 ちなみに聞いたところによると、この曲にはよくアドリブが入るらしく、弾く時々によって弱冠違って聞こえるそうなのだが、たしかにアルバム「Private/Public」の時とこの作品のバージョンとは少し違うようであった。これらや他のLIVEの音源とを比べてみるのもおもしろいかもしれない。
他、このアルバム独自の曲に関して言うなら「Homicevalo」と「Tidal」が特に良いと感じた。前者は静かで悲しい、人の嘆きと表現したらよいのだろうか。鬱気味の人は聴かない方がよいかもしれない曲。しかし浸りたいと思える世界感がある。後者はただただ美しい。この「或る音楽」の中では一部しか見られないが、潮の満ち干きのごとく行ったり来たりする女の子の顔で表現されたPVもなかなか見応えのある作品である。ライヴなどに行けば全編が見られるが、これを見て中には「怖い」と感じる人もいると思う。何せ眼前に揺らめく女の子の顔には明らかな生気が漂っていないからだ。この映像はミレーの絵画「オフィーリア」の続きをやっているつもりで作ったというが、まさにあの絵のごとく、人の生きた状態から死へと変化するその刹那の情景の美しさがこの映像にも見事に描かれていると思う。一見生きてはいるのに同時に死を連想する。怖いとも思える。しかし見入ってしまう不思議な魅力的な作品。(DVDとして一般発売されていないのは実に残念。そしてこれからもこの作品は一般向けに大量生産されることはないらしい。よって、このPVの全編を高画質で視聴するためには、どうやらライヴに行くしかないらしい。購入することも出来なくもないが非常に高価だという。しかしライヴの方が間違いなく感動が大きいということは想像に難くない)。
最後に、音楽や映像作品とはあまり関係のないことだが、映画の中で正勝氏が露店のような場所でサザエを食べているシーンがあるのだが、それがなんともほのぼのしく感じられて、意外に好きなシーンである。