残念ながら60〜70年代のドラマの大半が消去されていると言われているNHK。朝の連続テレビ小説や大河ドラマもその例外ではない中、奇跡的に残っていて、深夜の『NHKアーカイブス』枠で再放送されたドラマが、ついにDVD化されることとなった。この作品も、本放送は1971年で、2000年の11月にアーカイブス枠で再放送された。
主演は1965年の大河ドラマ『太閤記』で伝説の織田信長を演じ、1969年に同じく大河『天と地と』で武田信玄を演じた高橋幸治。『太閤記』と『天と地と』はクライマックスの「本能寺」と「川中島」の回だけ現存していて、すでに商品化されているが、現存する二本とも、本来脇役である高橋幸治が最も目立っている。この二作の間に朝ドラ『おはなはん』にも出演、これもキネコ素材であるが現存しているとのこと。
今や演じた役とともに伝説の存在となってしまった俳優であるが、これだけ貴重な映像がNHKに残っている奇跡に喜ぶと同時に、当時の彼の人気ぶりや、いかにNHKが彼の存在感を買っていたかがわかる。年に一本はNHKに出ている俳優だったのではないだろうか。
クールで冷徹なまなざしは、現代劇に出てもいささか変わることがなく、脇を占める俳優陣も堅実な演技を披露している。
高橋幸治作品としては、聖徳太子を演じた『斑鳩の白い道の上にある聖徳太子論』やドキュメンタリードラマ『日本の戦後〜酒田紀行』やNHK銀河テレビ小説『崖』『わらの女』などの評判も非常に高い。NHKにどれほど作品が残されているか不明だが、こういった作品をどんどん世に送り出し、彼の俳優としての軌跡を残してほしいと思う。
高橋幸治出演作として『黄金の日日』『関ヶ原』と共にお奨めしたい作品である。
高校の教科書に載っていた『蜆』を読み、すごく気に入ったのでこの本を購入してみました。著者は終戦頃からその後にかけて活躍した作家ですが、この本に収録されている話は皆、とても読みやすかったです。 例えば『ボロ屋の春秋』では主人公ともう一人の男+怪しげな台湾人(?)のボロ屋をめぐる確執がユーモアたっぷりに描かれていて面白いです。 他の話も、日常の、ちょっとした不快さの描写が上手い!その頃の庶民の生活が描かれているものの、結構現在にも通じる所があって笑えます。 『蜆』を読んだときから思っていたことですが、著者は本当に表現や言い回しが上手いなぁと改めて感じました。この本を購入して良かったと思います。次はこの著者の他の作品も読んでみたいです。
この文庫本には、動かぬ巨大な山を仰ぎつつ、死の恐怖に懊悩する暗号兵を描いた公式デビュー作『桜島』、若年士官からリンチされる同僚を見つめる兵卒の内奥を描いた『崖』など、戦争文学三篇と、戦後に材をとった『蜆』など二篇が収録されている。
島尾敏雄氏はその特異な体験から、現実世界に対する違和感と収束不能な混乱を繰り返し書いたが、梅崎春生は舞台が戦場であれ、日常生活であれ、生死のあいだで揺れ動く、自らの内面を執拗に凝視しつづける。
たとえば、壊滅状態の孤島の旅団から脱走する下士官の話『日の果て』では、「人間の美しさ」と「戦野に於ける破倫」の板挟みとなった下士官の心理の変遷が、異様な迫力で描き出される。ところが、その視線は怖いほどに冷徹で、混乱もにごりもなく、不思議な静穏ささえ伴っているのだ。
とりわけ、食糧難の大混乱の中で、徐々に自分を失っていく男の内面を克明に描いた『蜆』は衝撃的だ。「日本人の幸福の総量は極限されてんだ。」直截にこの絶望を吐露させる精神の、ある種の強靭さは、いつまでも忘れられそうにない。
戦争は人間を極限に追い込む、戦地に赴いた経験がなくてもそれぐらいは分かる。しかし頭で分かっていることと、身体で経験したことはまったく違う。この作品を読んでいると改めてそう感じる。 彼の戦記物の主人公は、戦闘のまっただ中にいるわけではない。しかし死は常に隣り合わせに感じられる環境だ。そんな緊張と諦観に支配された日常で、周囲に頽廃していく戦友たちを見ながら、正気を失わずに踏みとどまっている。彼がそうできる理由はどこにあるのだろうかと考えると、それは主人公(作者)が持っている尊厳とか矜持なのではないかと思える。生き延びたいという気持ちとは別に、誰に指摘されるからでもなく、大切にすべきものがある。かれはそう訴えているように思えた。それは舞台が戦後になった作品でも変わることはなかった。
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