この本についてのレヴューを書くことは私には難しいです。
なぜなら、この本に潜んでいるテーマはあまりにも盛りだくさんで複雑だし、
さらにそれが幻想的に暗喩的にと あらゆる巧い(しかもそれが全然嫌味に感じられない)
コーティングを施して表現されているのだから、簡潔に要約することができないのです。
いやぁもう奥が深いというか層が厚いというか。
解説にもあるように 当時の民族問題の暗喩として読むのはもちろんおもしろいし、
心理学的な側面を意識して読んでも楽しめるのではないかと思います。
「三巻もあるのはちょっとなー」という人には、
フォルカー=シュレンドルフ監督が第一部だけを映像化した映画を観ることから始めるのもお勧めです。
いやー、長い、長いね。なかなか重厚な分量だった。
一編の長編小説というよりは、小話の集合体といった体。
ドラえもんの単行本みたいなつくりというとわかりやすいのかな。
だから、ぐいぐい物語に引き込まれていくというより、1つ読んでは終わってまた1つ読んでといった読み方。
読書の波に乗るのが難しかったが、1つ1つはとてもおもしろい。訳はとても軽快でわかりやすかった。
大人になると食料店の跡継ぎにさせられてしまうからと三歳で自ら成長をやめた主人公オスカル。
ずっと三歳児だから、オスカルはモラルの外にいることができた。
つまり、「いい/悪い」ではなく「好き/嫌い」ですべてを判断する。
親の不倫も、ヒトラーも、共産主義も、すべて「好き/嫌い」で判断する。
時代ごとによって変わる「いい/悪い」に囚われた大人たちを子供の無邪気さで容赦なくぶった切っていく。
「ねえ、どうやって子供って生まれるの?」と親に問うような無垢でラディカルなスタンスで社会そのものに問うていくのだ。
この作品は書き手、作る側の人に特に人気のある作品でもある。
ぼくも作り手の端くれとして書かせてもらうと、これはもう設定が見事というしかない。
この設定、お借りできるならばぜひともどこかで貸してほしい。
「三歳で成長をやめる」というちょっと変わった設定をつくることにより、
世界の見え方をがらりと転回させ物語が次から次へと生まれていく。
著者グラスの半自伝的作品をこんなユニークな設定で描くから、暗い時代の暗い自伝が暗くならずにユーモアが生まれる。
主人公が普通の人間ならば湿っぽく、切なくなるだろう話を徹底的にユーモラスに、シニカルに描けたのだと思うわけである。(池澤夏樹の解説とどうも似ているが決してパクったのではなく、解説を読む前にこう思いついたのでお許しを)
巻末で訳者池内紀が物語の背景となったナチス
ドイツを丁寧に解説している。
ナチズム突入前の
ドイツが残念なことに今の日本とそっくり。
こりゃやばい時代に突入しちゃうかもしれないね。
きっと、もう日本のオスカルはどこかで生まれていて和太鼓たたきながらガラスをぶち壊しているに違いない。
混沌とした時代を生きるのに必要なのは、自分の「好き/嫌い」に従う心、と、ユーモア。
オスカルの太鼓のリズムはそう言っている。
この本を初めて読んだとき、すごい衝撃を受けました。
単なる歴史批判小説だと思い手を出したのですが、そんな領域に収まるものではありませんでした。
文章は隠喩だらけで、完璧に理解しようとしても不可能だと思います。
訳も個性的なので好みは分かれると思いますが、読み終わったあとでこの作者が
ノーベル文学賞を取ったことにも納得できたし、私は大好きな作品です。