講談社文芸文庫は何の気なしに買うと、高尚すぎて手に余ってしまう事も多いのだが、これは本当に出会えてよかったと思った。
花柳小説とか時代小説とか、そういうものに興味が無かった人にこそ読んでもらいたい。きっとハマると思う。
時代も文化も変われどまったく古さを感じさせない。読みやすい。
あやういもので結ばれた男女の仲のいきさつに、ついつい好奇心をくすぐられてしまう。
それでいて機微だの情緒だの、うまくいえないけど現代が失ってきたようなものが、確実に現れてはストーリーを彩っていく。
そして何より、夏子がいじらしくしたたかで魅力的である。
花柳小説の価値の再発見につとめた丸谷才一氏の思い、確かに頂戴した気分だ。
まず内容紹介の補足から。封入されているのは、解説リーフレット24Pモノクロ、「雪婦人絵図」の周辺(田中眞澄)、
スタッフ&キャストプロフィール(木全公彦)、「朝日は輝く」解題(佐相勉)。新聞PR映画「朝日は輝く」製作と公開についてのペラ。注目すべきは特典映像で、
美術監督 水谷浩によるデザイン画(スライド)、劇場ポスター、
挨拶状(小暮、上原、スライド)。そして何といっても「朝日は輝く」再編集版25分。詳細は読んで頂くしかないのだが、ゴスフィルモフォンドから里帰りした一本。伊奈精一との共同監督だが、主演した中野英治によると、主導権は溝口にあったらしく「映画読本溝口健二」(フィルムアート社)にも監督作品として載っている。フイルム上映未見のため比較できないが、画像は経年を考慮しても充分。戦前の大坂の街並みが鮮明だ。本編のデジタルニューマスターも、これならまず良しと評したい。ソフト会社を横断してのプレゼント(ポスター)もある。が、他社(東宝、角川、松竹)の広告内容を見る限り、没後50年ソフト化企画の中で、この「雪婦人絵図」が抜きん出ている。擦れっ枯らしの溝口映画ファンの方、これ逃すと確実に後悔します。 紀伊国屋書店は新東宝の作品を今後もリリースしていくらしい。封入されたリーフレットには「たそがれ酒場」「小原庄助さん」「下郎の首」「細雪」がアップされています。五所作品が無いのが寂しいですが、新東宝の五所は「煙突」だけではありません。新東宝時代の五所作品を是非ともリリースして頂きたい。
大正から昭和一ケタ。いわゆるモダニズムのうわついた世相(1=大衆化)と、それへのファシズム的反発の空気(2=純粋化)をとらえた小説です。主人公が「悉皆屋」という、和服の染色仲介業というのがミソ。二種類の時代の空気を冷静に見つめられるポジション(3=媒介する芸術家)。(1)と(2)をともに批判的に見通す(3)。
第二次大戦中に、小説家のポジションを維持しながら書いていたという意味でも(3)です。「時代との距離」の取り方はたしかにおもしろい。
しかし、手代から身代を持つようになりさらに商売から芸術へと目覚める主人公は「上昇」型の典型的小説でもあります。男=論理的、女=感情的であり、女は男の成長の踏み台。
「時代との距離」=時代や女性を踏み台にして「上昇」すること。
そういう意味でも典型的な小説です。「不朽の名作」という帯などの紹介は大仰すぎやしませんか?