映画冒頭でコキリ母さんが言う。
「エエ 古い しきたりなんです」「
魔女は13歳になったら家を出るっていう」
「でもあの年でひとり立ちなんて 今の世にあいませんわ」
この作品の冒頭で、キキが旅立つ理由は「しきたり」である。
「今の世にあいませんわ」とは言うものの、コキリ母さんとオキノ父さんはキキを
「信頼して」旅立たせるのだ。
この「しきたり」と言う言葉を昨今、聞くとしたら冠婚
葬祭の時ぐらいになった。
ここでの「しきたり」とは催事の「作法」を指すのではなく「動機付け」である。
ひとり立ちの為の「動機付け」なのである。
魔女の家系に生まれたキキは、この「しきたり」を受け入れる運命にある。
確かに、現代でいう「自由」は無いのかもしれない。
しかし「自由」を掲げ、個性も自由に伸ばすことが最良である、
自分の好きな職業に自由に就くことが最良だ、
自由に思うがままに生きることが幸せだ、
と言われて逆に「自由」に苦しめられる子供もいるはずである。
現に、私はそうであった。
ある程度の「運命」を提示することも、子供にとっては選択肢が絞れて混乱しなくて良いのかもしれない。とも思える。
「わたし修行中の身なんです…魔法がなくなったら…
わたし…なんのとり得もなくなっちゃう…」
この一連のシーンは懸命に自分の存在意義を取り戻そうとするキキの必死さが胸に迫ってくる。
なぜ、キキがあれほどまでに必死になるのか。
それは「
魔女の子」という「運命」のもとに生まれてきたからだろう。
もしあそこで「運命」などなく、他にも「自由な選択肢」があったら
キキがあそこまで必死になっていたかは分からない。
しかし「運命」という逃げ場のない場所があるからこそ、
なんとか諦めることなく「魔法を取り戻せた」とも言える。のではないか。
それこそがキキにとっての「しきたり」から始まった「ひとり立ち」への過程であった。
制約という名の「しきたり」が子供の生命力を引き出すのに最良の手段であることを
古来の人々は知っていたのかもしれない。
あとは自分の子供を信頼して、現代社会に向かって
「あんたなら大丈夫だよ!!」と送り出せる親がいればいいのではないか。
そしてオキノ父さんのように
「うまくいかなかったら 帰って来ていいんだよ」と、言えればよい。
購入しました!Macではなく、windowsに使用しました!とても気に入りました。貼るときに空気が入るとなかなか抜けないので気をつけて貼ったほうがいいです。早急に御対応いただきまして、ありがとうございました。
おジャ
魔女シリーズを通しての、壁紙・設定資料集がメインです。
今から買う人で、メモリアルアルバムを持っている方は、設定資料集がそちらの方とほとんど同じものですので気をつけてください。
スクリーンセーバーは2種と少し少ない感じがします。
ですがカレンダー、時計、音声集はとても嬉しいものです。パソコンはもちろん、音声集は携
帯電話に送って聴いても良い感じです。
おまけのカンバッヂもとても可愛いですよ。
イスタンブールを舞台にした「スピンドル」はとくに素晴らしいです。伽藍、グロテスク様式、アルチンボルド、可食物と不可食物、情念、記号論、共時性、家族、鳥。それぞれがそれぞれの役割をきっちりとこなし、奥行きのある幻想譚を成り立たせています。