おニャン子熱にいよいよ歯止めが利かなくなりピークになった時期がここに当たる。ライブに視聴率に社会現象に何でも巻き込む大フィーバーになる。引き続きうしろゆびのアニメタイアップと共に人気はうなぎ上りで、遂にはニャンギラスというキワモノまで1位を獲得するという楽曲がなんであろうがノリで1位になってしまう程の勢いがあった。城之内のあじさい橋は演歌でありながら初登場1位という快挙。福永のデビュー曲はボーイッシュなスタイルにぴったりの清々しい曲。高井のデビュー曲もまた彼女の清楚なイメージを余すとこなく取りこんだ珠玉のバラードだ。こういう所で製作者サイドのセンスを感じる。初期組の河合は後藤氏のバックの元着々に歌唱力の潜在性を引き出して行き、この頃から既にアイドルの殻を打ち破ろうかとする勢いだった。 中期のエース美奈代も愛らしいルックスとキャラクターを上手く引き出したような瞳の約束でファンの「みなよ~」の絶妙な掛け合いの元、人気を不動にした。そしてあいも変わらずというより更に拍車のかかった誘惑光線全開の「お先に失礼」引き続きご法度無用のおニャン子爆発。新田・国生・吉沢は引き続きソロ活動を展開。 こうしてみると個々が実に多彩で充実した活動を行なっていた。正におニャン子のピークだった86年前半。
この分野のレパートリーが非常に少ないので、とりあえず手に入れましたが、結局演奏会では使いませんでした。Tp重奏でこの曲というのがそもそも無理があるような・・・・ ちょっと凝った部分が帰ってしょぼくなってしまったり(吹き手の問題であることは重々承知していますが)、元曲の良さがあまり出ていない気がします。あまり上手ではないアマチュアがさくっとやれるようなものでなかったので、★三つです。
「やぶさかでない」(1986.05.28)はR&B。歌詞はDTBWB〜横浜銀蠅のノリ。ブギってことで歌詞には笠置シズ子も登場。
「人情岬」(1986.10.21)は細川たかし。ライナーノーツには秋元自身が「賞レースを狙った」と書いているが、リリースが10月なので、まだ本気(マジ)じゃない。
「嵐のマッチョマン」(1987.02.25)はディスコ歌謡。歌詞のイメージはヴィレッジ・ピープルか。翌年の同時期にはユーロディスコ(ジンギスカン、アラベスク)ともラテン歌謡とも取れる「炎のエスカルゴ」(1988.02.25)をリリースしており、ここら辺のシングル・ローテは歌謡曲のパロディだろう。
「迷惑でしょうが・・・・」(1987.04.05)は倉本聡ドラマのショーケン、「YAZAWA」(1988.07.06)はもちろん矢沢永吉、♪卒業することで終わった大人たちを非難すること 社会とは窓ガラス割らないルール と歌う「一番偉い人へ」(1992.09.03)は尾崎豊である。いずれも完成度は高く、パロディの根底に対象への愛があることが解る。茶化しながらもオマージュになっているのだ。(まあ尾崎が死んだ半年後にリリースした「一番偉い人へ」は便乗商法以上のものは無いのかもしれないが)。
そして、長渕剛を意識した「情けねぇ」(1991.05.29)で、とんねるずはついに、ギャグでしかなかった紅白出場、賞レース制覇(歌謡大賞)を果たす。
♪遠い国のふしあわせ 対岸の火事なのか と歌うこの曲は、湾岸戦争に引っ掛けたメッセージソングだ。歌は世に連れ、つまり“世相を反映する歌こそ歌謡曲”っていう、本質的な部分までパロディ化してしまったのが「情けねぇ」であり、そんな精巧な歌謡曲のイミテーションが歌謡大賞を得てしまったことで、歌謡曲に終止符が打たれるのである(実際、翌々年に歌謡大賞は幕を閉じる)。
ケイゾクは好きなドラマで、音楽もとても気に入っているので購入しました。とても満足です。
NHK「日本〜その心とかたち〜」のサントラ盤です。見岳さんのすばらしい楽曲が特徴的で、サントラだからこそ曲の構成に集中できます。素晴らしい盤です。
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