現代の女性ジャズピアニストが、1944年のベルリンに タイムスリップする〈タイムトラベル〉ものにして、音楽SF。
戦局の悪化に伴い、オカルティズムに傾斜していくナチスドイツと 神霊音楽協会が企てる一大謀略に、主人公と当時渡欧していた 彼女の祖母(天才ピアニスト)が否応なく巻き込まれていきます。
オルフェイスの音階、宇宙オルガン、フィボナッチ音律、 ピュタゴラスの天体、ロンギヌスの石……。
伝奇的な意匠が、これでもかというほど散りばめられ、 全宇宙規模の壮大なSF的奇想が繰り広げられます。
しかし、そうした宇宙の神秘や真理といった形而上的なるものを 主人公はあっさり受け流し、物語のなかを軽やかに駆け抜けていきます。
何ものにも囚われない自由な精神―。
それこそがジャズの信条、ということなのでしょう。
今、読み終えて、ただ、ひたすらに良かった...。 現在に生きる「ニホンジン」として向けられたこの鋭い眼差しをこんなにも一級のエンターテイメント性をもって一気に読ませる本作品は近年の文学界において傑出した完成度だとおもいます。 作品の性格上ネタバレは厳禁でしょうから、多くを語りません。 ああ、おもしろかった。
語り部である「私」が受け取った、友人からの1通の手紙で幕を開けるストーリー。 読んでいるうちに、どんどん「私」が語る永嶺の魅力にひきこまれていった。 小説中の「運命に復讐する」という言葉が、印象的で美しい響き。 特に「幻想曲の夜」での、夜の闇の中、シューマンの妖しく美しい旋律と共に起こる殺人事件、ピアノの音色とプールのコントラストの描写は、非常に耽美的。 本の装丁のイメージ通りの、美しく危険な香りのするミステリーだった。 この小説を上手く脚色して、映像化されたものを観たくなる。 美形の若手俳優が、永嶺役を演じたら、ブレイクするかもしれない。 難点は、クラシックについてのうんちく話が長いこと。 この部分は、興味がなければ退屈に感じてしまう。 また、ラストのたび重なるドンデン返しは、人によって評価がわかれるところ。
前巻ほどクワコーが悲惨な状況に陥らないので、ちょっと残念です。ホームレス女子大生探偵ジンジンも、登場が遅いです。ジンジンは頭が良すぎるので、話の最初から登場してしまうと、あっという間に事件を解決してしまうからでしょう。これも残念。御手洗潔長編現象です。御手洗が賢すぎるので、事件が起こってから御手洗が乗り出す。名探偵だから被害をひろげない。だから後半からの登場となる。そんな感じです。
しかしまさかクワコーが『ジョジョの奇妙な冒険』の愛読者とは…!一家言があるとは…!聞いてみたいです。「なんだかんだいって最強なのはヘブンズドアーでしょ。知ってる?4部でジョセフが拾った透明の赤ちゃんの名前、静(しずか)・ジョースターなんだよ。音読みすればジョ・ジョだ。第9部の主人公は彼女かな」とかかな。
3巻目も期待してます!ぜひ出してください!
長編『地の鳥 天の魚群』と短編『乱歩の墓』『深い穴』の三編収録。
表題作は著者二十八歳のときの処女作だそうです。それだけでも奥泉ファンなら読む価値ありでしょう。
どの作品も主人公は知的でごくまともに生きている(はずの)男性。だけどまともとか現実とかってはたしてどれだけまともでどれだけ現実なんですかね。
作者の落ちついた丁寧な文章は魔法のようで、現実はカーテンのように翻り、気づいたときには主人公ともども読者も現実と夢の不穏な狭間に誘われしまいます。
いささかマゾヒスティックな、目眩のするような不安感を味わいたい人にはおすすめです。
表題作は若いときの作品らしくやや生硬な印象で、読者を不安のなかに置き去りにしていくような作品ですが、短編二編は鮮やかなオチで読者を現実に引き戻してくれます。作者はあまり短編を書かないそうですが、こういう「巧い」短編ももっと書いてほしいです。
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