前作『開かせていただき光栄です』の続編です。
冒頭から衝撃というか、前作を上回る「変死体」の登場です。
(1)前作を未読の方へ
皆川さん自身がミステリマガジン2014年2月号(ハヤカワ)で
仰っている通りですが、今作は前作の「ネタバレ」を多分に含んでおります。
老婆心ながら、今作を読むと必ず前作を読まずにはおれませんので、
まずは前作をお読みになられることを強く強く推奨いたします。
文庫版はこちら
開かせていただき光栄です―DILATED TO MEET YOU― (ハヤカワ文庫 JA ミ 6-4)(2)前作を既読の方へ
既に今作にも大変なご興味を持たれていることとは存じますが、
「天才少年ナイジェルの過去」というだけでもう読まずにいれますか?
皆川さん自身がこうした続編を書かれること自体がかなり珍しく、
なるほど
直木賞の『恋
紅』の続編(『散りしきる花』)のことを思うと、
続編への期待が少々削がれる(奇特な)方もいらっしゃるかもしれません。
科学と奇術、光と狂気が交錯する当時の
ロンドンへ誘われ、
いざ皆川ワールドへ深々と。
そして深々と、「書いていただき光栄です」と低頭せずにはおれない感動を。
脇役陣がすごい。特に、喜多川歌麻呂役の
佐野史郎は、ちょっとやりすぎ位の存在感。
写楽の天才ぶりに嫉妬する姿は、
モーツァルトに対するサリエリを思わせる。
十遍舎一九役の片岡鶴太郎の軽薄さやおかん役の岩下志麻の強さ・弱さもいい。
歌舞伎の魅力や江戸の情景の映像化なども魅力的で、満足できました。
舞台は18世紀の
ロンドン。
外科医ダニエル・バートンの開く解剖学教室に犯罪捜査犯人逮捕係(通称
ボウ・ストリート・ランナーズ)のガサ入れがはいるところから物語は幕を開ける。解剖台の上では十文
字に切り開かれ膨らんだ子宮を露出させた屍体がおかれており、どうやらその屍体はさる貴族の令嬢のも
のらしいのだ。正統な経由で手に入れた屍体ではないため、これを見られてはまずい。ダニエルの弟子た
ちは急いで令嬢の屍体を隠す。そして再び屍体を出してみれば、そこには四肢を切断された少年と顔を潰
された男性の屍体が増えていた。
というのが、導入部。どうですか?とても魅力的な出だしでしょ?解剖学教室が舞台であり、開巻早々
三つも惨たらしい屍体が出てくるから、かなり猟奇的でグロテスクなミステリなんじゃないかと思われた
方もいるかもしれないが、本書の印象は比較的明るい。いやユーモラスだといってもいいくらいだ。なに
より話を明るくしているのが、それぞれ特徴のあるダニエルの弟子たちの存在だ。容姿端麗エドワード、
天才細密画家ナイジェル、饒舌(チャターボックス)クラレンス、肥満体(ファッティ)ベン、骨皮(ス
キニー)アル。さらに言及すればこの犯罪を裁く盲目の治安判事ジョン・フィールディング、その助手で
姪でもある男装の麗人アン=シャーリー・モアなどなど魅力的で一癖も二癖もある登場人物が物語を盛り
上げる。
ミステリの真相も、動機や犯行トリックを含め様々な要素が絡まりあい、意味合いが二転三転するあた
りは、かのクリスチアナ・ブランドの鋭利なミステリにも似た味わいがあり、ここらへんはおそらく一年
もすればすっかり忘れてしまうだろうから、再読、再々読にも耐えられるミステリだといえるだろう。
ぼくは読了してから再びパラパラと読み直してみたのだが、細かい伏線がしっかり回収されていて驚い
た。かなり練りこまれたミステリという印象なのだ。