最初に告白します.人類の先史学に疎い私にはこの本は読みにくい本でした.書名『そして最後にヒトが残った』からうける印象は,ネアンデルター人(N)と現生人の祖先,ホモ・サピエンス(HS)が大昔に併存し,前者のNがやがて消え,後者のHSだけが残ったというような感じです.HSがやってきてNを駆逐したようにも思わせますが,実はそうではなかった.
英語の書名は“The Humans Who Went Extinct”です.NたちはHSと無関係に自分で滅んでいきました.319頁に著者,クライブ・フィンレイソンは原注6で次のよう記しています.
ネアンデルター人がいなくなったのは2万9000年〜2万8000年前.現世人類が現れたのは2万2000年〜2万1000年前で,洞窟に誰もすんでいなかった期間が6000〜8000年ほどになる.
洞窟に誰もすんでいなかった,というのは洞窟が古生人の骨のサンプル発掘の現場だからです.人間のライフスパンは長くて100年ですから,6000〜8000年はとてつもなく長い.この期間中,ヒトらしきヒトは地球にいなかったのではないですか.放射性炭素年代測定が正しければ,NがHSに棍棒で殴られたり,喰われたり,両者が交配したりすることはなかった筈です.しかし本書の“はじめに”には,Nが私たちの祖先とどれだけ頻繁に交配していたのかもわかるかも知れない,とあります(11頁).読者に混乱を与える“はじめに”の叙述です.私は放射性炭素年代測定の結果を信じ,NはHSを全く知らなかったということにして先を急ぎます.
で,本書の主題です.Nたちが死に絶えたのは何故か.Nの絶滅から7000年くらい経ってからHSが現れ,隆盛を誇り,現代まで地球をわがもの顔にしているのは何故か,これらの疑問がテーマですが,その答えも実は“はじめに”の終わりの方に書かれています.Nは環境の変化,つまり大気冷化についていけなかった.寒気が襲う不運な時期と場所にNはいた.種を保存するために不適切な時期,不適切な場所にいて,Nは絶滅していった.片やHSはその真逆です.種を保存するに適切な時期と場所に運良くいたので,HSは今日まで命脈を維持出来た.要するにダーウインの適者保存の法則です.たった一言ですんでしまいますが,N研究の専門家,フィンレイソン博士はその説明にほとんど本書全文を費やしました.“はじめに”だけでも5頁,プロローグの「季候が歴史の流れを変えたとき」は32頁もあります.語ればとめどもなく続く著者の蘊蓄の深さ --- .驚きです.私はそのエネルギーについていけず,途中で挫折して終章のエピローグ「最後に誰が生き残るのか?」にスキップしました.そのエピローグの末尾に「偶然の子どもたち」と題する小考があります.とりわけ印象に残りましたので,改行なしに適宜省略しつつ引用します.
私たちは成功に酔いしれた.資源は尽きることはないし,何もかも永遠に続くだろう --- そう考え前進し続けた.しかし人類の進化の歴史においては,一万年という期間はあまりに短い.(中略)この新しい生活様式が短い時間尺度でのみもちこたえられるもので,いつかは崩れ去ることに私たちは気づきつつある.過去を振り返れば,(中略)文明が音を立てて崩壊していく場面をいくらでも見つけられるが,(中略)私たちの目前にせまっている危機に比べられはしないだろう.では,すべてが崩壊するときに生き残るのは何者か? (中略)それは安全地帯に住んでいる者たちではなさそうだ.電気,自動車,インターネットの奴隷になり,テクノロジーという支えがなければ数日間しか持ちこたえられない,自己家畜化した私たちではないのである.希望があるのは「偶然」に選ばれた子どもたちだ.次の食事がいつどこで手に入るかもわからず,わずかな食べ物を奪い合う日々を過ごしているに違いない貧しい人々が,生き残りに最も力を発揮する集団になることだろう.経済が破綻し,社会が崩壊するような,すさまじい混乱がおこるとき,勝ち残るのはまたしてもイノベーターなのだ.その混乱を引き起こしたコンサバティブたちは,皮肉にも,自らの転落を自らの手で歴史に刻み込むことになるだろう.そして進化は,未だ知られていない方向へ新たな一歩を踏み出すのである.
フィンレイソンさんはそのように書いて全編を閉じました.テクノロジーの利便性にうつつを抜かす私たちは,時来たれば自然選択の原理で排除され,未知の方向へ人類は進化する.Nのように絶滅するのでなく,進化するのです.吾らは別種の人間になる! --- 希望があるといえば,ありますが,皆さんはどう思いますか.
本書を人類先史学に興味のある方に星5で薦めす.吾らの過去が分かるし,これから先も想像できるから --- .一般の方々にも薦めますが,メモをとりながらしっかり読み進んで頂かないと,私の二の舞を踏むかもしれません.上原直子さんの訳文もこなれていて,読みやすく本書の価値を高めています.いい本に良い訳をつけて下さり,有り難うございました.
ネアンデルタール人が最初に発見された場所は長らく不明になっていた。その場所を再発見するというのは、考古学史上、奇跡ともいうべきことだった。この奇跡を生み出した学者のエピソードが主題である。
しかし、それだけではなく、ネアンデルタール人の生業と道具立てのようなネアンデルタール人の基礎知識、人骨標本をDNA分析すると何がわかるのか、など、初心者にもやさしく解説している。奇跡の物語にわくわくしながら、ネアンデルタール人の知識を得られる本である。