面白かった。時代物の短編集。市井の人々が、ふと見せる優しさが描かれている。
「ゆすらうめ」 越後出身のおたかは6年の年季が終わり、海老屋から離れる。しかし、国元の兄が訪れてきて30両ほど工面してくれないかと頼まれる。海老屋の番頭の孝助は何とか助けようとするが・・・ 当時の娼妓の苦しみが3日間のまともな暮らしの満足度からも良く伝わってきてせつないです。 「白い月」 おとよは亭主の友蔵の借金の取立てで苦しむ。 元はといえば、おとよの母の薬礼代がかさむために手を出した博打であったが・・・ 当時の女性の意地らしさとあさはかさが滲み出た一編で、最後の白い月がなんとも印象的です。私はおとよに強く同情しましたが・・・ 「花の顔」 さとは、主人が江戸詰、息子が遊学で不在、姑のたきとの2人暮らし。辛く当たるたきは次第にボケるように!もなってきてさとの苦労も増すばかりであったが・・・ この話はもちろん現代にも通じることで、結構面白く読めました。ラストの持っていき方が乙川さんらしく微笑ましく感じられる。 「椿山」 私塾である観月舎の孝子をめぐって繰り広げられる3人の男達の、少年時代からの成長振りを描いた中篇とでもいえる話で、当時の身分制度による各々の生き様の違いや運命を見事に描いています。特に、主人公の才次郎の変化振りと最後の達観(?)は恐れ入りました。
三味線・茶道・絵・根付・糸染・女髪結・舞踊と華道−それぞれを趣味や仕事として身につけた女性たちを描いた7編の短編集。
妾に身を落とした娘や、生きるために必死で掴んだ技能や仕事に打ち込む女たち。立場は違ってもそれらを通じて真に自立していく様が丁寧に情緒豊かにつづられている。
なかに先頃朝日新聞に連載されていた「麗しき花実」の登場人物の後日談のような話が2話ほどあったのが、ファンの私には思わぬプレゼントでした。
特にお気に入りは髪結いの弟子となった娘を描いた「細小群竹」。最後の場面は胸がすうっとするような小気味よさ。思わずがんばれと応援したくなる。
乙川さんの作品は最後の文章が実に余韻をもって心に響いてくる。じっくり味わうというのがぴったりの作品集です。
鶴見俊輔の高評により読んでみた。 世界や世間、組織の網の目の中でしか人は生きられず、そこでは様々な力学によって「嫌だな」という事態や空気が生まれる。その究極が戦時であり、兵士は勿論、銃後の社会でも人間の醜さが全開になる。その醜さは見まいとしても、目に入る。いや、それどころかその醜さを自分に強いてくる。それが世界や世間や組織だ。生きるとは醜いことに加担することだと言い換えてもよい。 そうした嫌な事態を知恵によって何とか迂回し(鶴見の表現。評者は偶然にも支配されると観ずるが)、生きていこうとする人々を描いたのが本書である。評者は時代小説をあまり知らないが、藤沢周平の人情モノと必殺剣モノ、周五郎のテイストも入った上質の作品が多く、随分と愉しめる。 「嫌な感じ」といえば高見順が想起される。あの作品はまだあるのだろうか。
エンディングがだいぶあっさりとしていますが、登場人物の描写がうまく、結構ハラハラさせられて、一気に読めます。 著者の作品はこれが初めてでしたが、何となく藤沢周平に似た感じを受けました。
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